高橋 謙次郎 - Takahashi Kenjiro
1975年仙台に生まれる。高校卒業後、大学進学の為に上京。大学卒業の後、バンド活動の為に2年間のフリーター生活の期間を経て、「自分はステージに立てるような器ではない」ということを悟り、ミュージシャンとして音楽に携わるという夢を捨てる。新たに、スタッフとして音楽に携わるという目標を持って、アルバイトとして音楽業界にとりあえず飛び込む。2002年4月、コロムビアミュージックエンタテインメント(株)へ入社し、東北エリアの営業を経て、外部レーベルの窓口となる販促を経験する。
2005年3月、(株)ソニーミュージックエンタテインメントへ転職。1年半の間、東北エリアの新人発掘業務を担当し、2006年9月に退社。2007年2月に故郷である仙台に戻り、半年ほどの休養期間を経て、2007年10月、仙台を拠点としてdelta tunes (デルタチューンズ)を設立。レーベルの記念すべき第一弾のリリースアーティストであるunder the yaku cedarは、自らのキャリアの原点となった、古巣でもあるコロムビアミュージックエンタテインメント(株)の新セクション、インディペンデントコロムビアの第一弾のリリースアーティストとして、共同でのリリースとなった。
- comment -
音楽業界から離れていた休養期間に、今後の生活のこととかをリアルに考え出して、決して割りに合う仕事とは言えないような音楽の仕事からは一度は離れることまで考えました。だけど、新人発掘の仕事をしている時からの長い付き合いになっていたunder the yaku cedarってバンドに追い風が吹いているのをなんとなく直感的に感じていて、「今、自分が押さなきゃ一体誰が押すんだ!!」 とか勝手に思い込んで、ただその目的だけの為に音楽の世界に戻りました。食べていけるかどーかなんて考えはどっかに消え去ってしまって、「ただひたすらに押し続ける」という本能的な狂ったような感情だけしか最初はありませんでした。そして、具体的にどーやって彼らを押すかと考えた時に、全くやるつもりなんて無かったし、むしろやってはいけないものだとすら思っていた、「茨の道」みたいなレーベル運営ってものに自然と辿り着いたんです。under the yaku cedarが売れるかどーかだとか、時代に相応しいかどーかだとかは少しも考えたことは今まで一度も無いです。ただ、彼らのハチャメチャな音楽とライブ、そして奇妙なキャラクターが好きで、その「好き」をなんとか具体的に沢山の人に伝えたいと思いながら仕事をスタートさせました。これからも自分が色々な意味で「好き」だと思えるアーティストをリリースして、その「好き」を沢山の人に伝えていくことが出来たら素晴らしいです。 |